茶杯を選ぶのはとても楽しいという状態

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今回の海風號に来た茶杯では一番好き

海風號に新着の茶杯が沢山やってきた。例えば、上の写真のような、蕎麦猪口が一回り小さくなってスリムになったような奴。海風號オリジナルの茶杯より一回り半くらい大きくて、いいお茶をたっぷり飲むのにちょうど良いサイズ。広がり過ぎないカーブの加減も良くて、持ちやすく、香りを聞きやすく、口当たりも良い感じ。これが、オリジナル茶杯と同じ4000円。



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言わば、新背高茶杯。お茶飲みたくなる

これは、前にあった魚とか子供とか描かれてた茶杯に似てるけれど、あれより少し太くて縦長い。その長い感じが湯呑みっぽくて、見込みについた模様も良い。サイズ的にも、品茶するなら、このくらいの量は欲しいと思っている、個人的には。柄も、呑気な感じで好き。これも4000円。



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小さいながらも名品の風格があった

これは、小さい。ミニ蕎麦猪口みたいな茶杯。俺としては、この大きさの茶杯に用はないけど、そんな俺でもちょっと持っておきたいくらい、形のバランスが良くて、絵がとてもいい。薄手で、とてもキレイな手だ。小さいといっても、よくある品茶杯二杯分はあるし、実用性は結構高い。これも4000円。



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リーズナブルな蕎麦猪口風茶杯

これは、蕎麦猪口タイプの代表的な形、大きさの緑の龍の茶杯。これが、容量的には前の背高茶杯と同じくらいじゃないか。口が大きく開いたタイプが好きな人には、こっちが良いのかも。3500円とお買い得だし。



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こういうのが入荷するのが海風號ならでは

これは、今回の目玉。清朝の茶杯。前に、これと同じ茶杯が海風號にあったけど、あれは引揚モノで、カセが多くて決してコンディションが良いとは言えなかった。今回のこれは凄い。ざっと洗えば、普通に使えるくらいキレイ。欠けも傷もなくて、とても状態がいい。12000円するけど、それでも安いくらいのコンディション。



随分前に、月に一個、気に入った茶杯を買っていこうと思っていて、偶々海風號で隣り合わせた渡辺満里奈さんに、そんな話しをしていたら、「月に一個も気に入った茶杯が見つかりますか?」と言われた。確かに、曹操、ではなく、そうそう気に入った茶杯は見つからず、月に一個なんていうフェリシモみたいな企画はポシャったのだけど、今回の海風號の新着茶杯を見てたら、月に一個づつ買っていけるなあと思った。ここに紹介したのの他にも、色んな茶杯が来てるし。

とか書いてたら、また志の輔蕎麦猪口の写真が撮れなかった。明日は、海風號の新着茶壺を紹介する予定だから、また写真撮れないかも。

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志の輔さんの蕎麦猪口

毎年恒例、志の輔らくご in PARCOに行ってきた。今年の演目は、マンションのエレベーターに防犯カメラを取り付けるための会議の様子を描いた「異議なし!」、in PARCOとしては珍しい、ストレートな古典落語「宿屋の富」、中入後は映画公開記念の「歓喜の歌」。中入り含めてジャスト三時間。例年に比べると、のんびりした感じで、リラックスして笑えた良い会だったと思う。「歓喜の歌」も、かなり整理されて聞きやすくなってた。でも、このネタは年末に聴きたいネタだなあ(初めて聴いた時は、まだ志の輔らくご in PARCOは年末にやってた)。

「宿屋の富」も本来は年末のネタだと思うけど(マクラも年末ジャンボの話だったし)、とても気持ち良く聴けた。こういう、とても落語らしい落語を志の輔さんで聴くと、とても贅沢な気分になれる。笑いの入れ方も上手くて多いし、当たりを知るシーンの描き方の二人のコントラストとか、技巧を見せつつ、笑いにきちんと落とし込んでいくのを見ると、本来落語ってこういう芸だよなあと思って、とても気持ち良い。

そんな会のグッズ売り場で蕎麦猪口が売られていた。最近、志の輔さんが手拭などに使っている「志の輔格子」を使った、紺と赤の2色。これが安かった。今回、会場で売ってた全ての商品の中で、多分一番安い税込み500円。何でも、発売即完売で、今日ようやく再入荷したのだという。そりゃ売れるだろうと思える安さと出来の良さ。

通常の蕎麦猪口より、ちょっと小さくて、むしろ酒とかお茶とか飲むのにちょうど良い大きさ。高さも低めで、良いお茶を、それでもゴクゴク飲みたいという時に使えそう。布甸楽園茶杯より一回り大きいくらいだから。しかも、いかにもお土産グッズという特別感の無さが、また良い。普段飲みに愛用したくなる茶杯を、志の輔さんの会で見つけるとは思わなかったなあ。

今日は眠いので、写真は明日。

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盆とトレイ

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海風號で買った銅の盆と純銀縁取りの木のトレイ

アンティークの盆とかトレイは、一個持ってると、やたら重宝する。適当な茶壺と茶杯でも、良い感じで時代が付いた銅の盆の上に乗せれば、こだわりの茶器みたいに見える。しかも、お茶飲み空間を確保出来るから、周囲のモノを濡らす心配もないし、片づけも簡単。ブログ用の撮影にも使える。

四角くて把手が付いたトレイが、また便利。二〜三人用のお茶セットを一度に運べるし、持ち運んだ、そこがお茶飲む場所になる。把手つきだと、持ち運びが楽だし、お湯こぼすこともない。縁の高さがあるから、紙資料の整理にも使える。茶壺置きにすることも出来るな(というか、前はそうやって茶壺を保管してた)。

どうかすると、茶托よりも使いでがあったりするけど、お茶屋さんにはあんまり売ってないのが不思議なくらい。盆は茶道具扱いではないのか。確かに茶盤とは両立しないから、その辺は問題か。まあ、使い分けだなあ。お盆もトレイも立ててれば場所とらないというのが、一番の利点だし。

と、何気なく盆とトレイを別の言葉として使い分けてきたけれど、盆の英語がトレイだったっけか? 丸いのは盆で四角いのはトレイではなかったか。木製が盆で金属がトレイなら、俺が上で書いた文章は間違いまくりだな。

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茶托は考えると欲しくなる

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使い込まれた味がたまらない茶托二種。どちらも、5脚でセール価格10500円。さらに安くなるのか…。

実際問題として、仕事机でお茶を飲む事が多い俺にとって、茶托は必需品だ。机の上が濡れていると、どんなトラブルが起こるか分からないので、とにかく机は濡らしたくないのだけれど、お茶を淹れた茶杯やコップを直接机に置くと、どうしても机は濡れる。それを避けるためにも茶托は必要だ。

ついでに、茶托を使うと、茶杯を置くスペースを最小限確保出来るというメリットもある。見た感じの良さを考えると、素材は金属モノ、特に錫あたりが、やっぱカッコ良いと思う。前に、盆と匙のことでも書いたけど、使い込まれた金属の味わいというのは、何と言うか、本当にカッコ良いのだ。時間の堆積が目に見えるようで、それでいて、どこかクールで。

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設楽さんお墨付きの名品。5脚でセール価格15400円。さらに安くなるらしい。

今、海風號には、かなり良い茶托がセール価格で沢山出てて、明日はさらに安くなるようで、どうしたものかと考えている。いや持ってると言えば、それなりに持ってるのだ、錫茶托。でも、持ってるというのは、好きだからで、好きと言う事は、もっと持っていたいという事でもあって難しい。上の写真のなんて、設楽さんお墨付きの名品。民国初期の茶托で、写真でも分かる鈍い光沢がカッコ良いんだ、ほんと。

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スタッフトモちゃん推薦アルミ茶托。5脚でセール価格6300円。

場所とらないし、保存が楽だし、壊れないし、数あっても困らないというのも茶托の怖いところで。コレクターになる気もないけど、安く手に入る時にまとめて買っておきたいような気もする。普段要らないようで、案外使ってるし。厳選して、一種類だけ買うというのが良いのか。

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茶漉し付きマグカップの形

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HOUEN/KY-T「CHAKIマグ」4,725円 (税込)

茶漉し付きマグカップって、かなり便利だと思うし、それなりに合理的だし、それなりに美味しく飲めるし、とても好意的に捉えているんだけど、結局、買った事はない。何度も買おうとしたけど、何故か決め手に欠けるというか、金を出すまでに至らないのだった。それほど高いものではないのに買わないという事は、何か気に入らないということなのだろう。

まあ、茶葉が多少口の中に入っても構わない方だから、茶漉し無しでマグカップに茶葉放り込めば用が足せるということもあるのかもしれない。でも、茶漉しとカップと蓋に分離するという、合体ロボット的なアイディアは嫌いではないし、茶漉し部分が深いのも何となく美味しく入るような気がして好きなんだけど、結局、フォルムの問題なのか。

何か、どれもちょっと野暮ったい。機能重視の茶器なんだから機能重視の形をしてて欲しいんだけど、中々そうはいかないのが、茶漉しの大きさと厚さ。焼き物で作る茶漉しは、それなりの厚みがあるからか、それを内包するカップ部分も微妙に大きくなる。大きいカップはむしろ歓迎なのだけど、その大きさが、お茶を飲むために導かれた大きさではないことが問題なのかもしれない。そういうのが伝わってしまうのがデザインの怖さだと思うし。

中では、写真の近藤康夫氏デザインによる、有田の方円シリーズのは悪くないと思う。詳しいことは、AllAboutの方に書いてるので、そちらを参照していただくとして、サイズも、薄さも、フォルムも悪くない。むしろ、これまでのものに比べればダントツに良い。だから、AllAboutでも勧めたのだけど、シビアに見ると、ちょっと詰めは甘いのだ。その詰めの甘さが、誰にでも使える普遍性に繋がっているのは分かるのだけど、多分、俺は茶漉し付きマグカップを愛し過ぎて、理想が高くなり過ぎているのだと思う。

もちろん、このマグカップは使っているし、嫌いじゃない。キレイと言えば十分にキレイだ。マグカップ単体で使ってキレイで使いやすいというのは、茶漉し付きとしては最高の機能だとも思う。だからこそ、もう少し精巧に作って欲しかった。欲を言えば釉薬の塗り方もあと一歩の丁寧さが欲しい。でも、そうするとコストが跳ね上がるのも分かるし、一般性はなくなってしまって、茶漉し付きマグカップというジャンルからはみ出してしまう。そんな製品には意味が無いわけで、だから、これはこのスタイルで完成しているのだ。俺の愛が無い物ねだりの子守歌なだけ。

かつて、設楽光太郎プロデュースで海風號オリジナル茶漉し付きマグカップを作っていたそうだ。現物はもう手元に無いという事で俺は見た事ないのが残念。しかし、俺は、何でそんな見た事も無い理想の茶漉し付きマグカップにこだわってるんだろう。そっちが不思議だ。

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茶盤考

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海風號に五個限定で入荷してる、ちょっと小振りのステンレス茶盤。ちょっと狙ってる俺。

お茶なんて、コップ一個あれば美味しく飲めると思ってる俺だから、茶器なんて好みで集めればいいとしか思ってない。万人に絶対必要な茶器なんて無いのだ。ただ、個人的にはどうしても必要な茶器というのはあると思う。

例えば、お茶に茶葉が入るのが、どうしても許せない人なら茶漉しはなくてはならないだろうし、お茶は掻き混ぜて飲むものだと思い込んでる人ならマドラーが必須だろう。そういう意味でのなくてはならないものなら、結構色々あって、自分にとって何だろうと考えるのは面白い。

で、俺としては茶盤かなあと思うのだ。もし茶盤がなかったら、お茶を淹れるのは随分面倒くさいと思ったかもしれない。茶盤を持っていなかった時は流し台の側でお茶を淹れてたし。

別に茶壺にお茶をかけたいわけではないし、大勢の人相手に淹れるのが好きなわけでもない。ただ、お湯がこぼれたり溢れたりするのを気をつけるのが好きじゃない。ざばざば淹れて、がっつり飲みたいから、茶盤は必須なのだ。で、結構大雑把なくせに、机とかにお湯がこぼれるのが嫌いなのだ。

そんな俺だから、茶盤は機能的で装飾がない方がいい。竹茶盤とか考えた事もない。ステンレス茶盤、しかも水切り台みたいなのが一番好きだ。立派な茶盤は、それだけでムードを作ってしまう。そうすると、淹れてる自分も偉くなったような気がして、ロクな事にはならないような気がする。良い茶器を使うのも嫌いじゃないけど、使ってる自分が誇らしくなったりすると、お茶が埃っぽくなるような気がしていやだ。

だから、なるべくぞんざいな茶盤がいい。そういう視点だとステンレスのただの四角い茶盤は、とても好ましく見える。叩くとペコペコ言うのも好きだ。穴とかキレイに空いてなかったりして、そういうのがいい。必須だけどどうでもいい、という感じが、また好きだ。要は水が漏らなければ良いわけで、ならば、どれほど精巧に作られていようと、竹茶盤よりステンレスの茶盤の方が構造上漏れない。

茶盤は、俺にとって必須だけど、お茶の味わいには全く影響しない茶道具だ。その変なスタンスも好きだなあ。

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コップで飲むお茶

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海風號「茘枝貴妃紅」をガラスのコップで

茶杯も好きだけど、お茶を飲むのに使う頻度は、圧倒的にコップが多い俺。それも、どちらかというと縦長で、しっかり量が入るタイプが好きだ。コップにたっぷりとお茶が入ってるだけで幸せを感じるくらい(実際、お茶会とかで小さな茶杯を使ってると、お茶の味とは無関係に少し寂しくなるし)。

多分、水深が欲しいのだと思う。流れ込む感じとか、水の奥が見える感じとか、そういうのが好きなんだろう。シャーレよりビーカー、ビーカーより試験管、試験管よりメスシリンダーが好きだったからなあ。海風號のオリジナル茶杯が好きなのも、縦長だからかもしれない。緑茶が好きなのも、縦長のコップで飲むと美味くて簡単だからかもしれない。

少し前に海風號の設楽さんに「drinkin" chaプロデュースでオリジナルの茶器作りませんか?」と言われたことがあって、その時は、そんな大それた事はまだ出来ないと思ってお断りしたのだけど、その日からずっと、もし俺がオリジナルの茶器を作るなら、何を作るんだろうと真面目に考え続けて出た結論もコップだった。お茶を飲むのに最適化した、でも汎用性もあるコップを作ってみたいと思った。

茶杯でもなく、茶碗でもなく、グラスでもなく、水差しでもなく、マグでもなく、タンブラーでもなく、コップとしか言い様がない、そんなコップでぐいぐいお茶を飲むのが好きだ。多分。

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鑑定はしたくない

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普通に飲むのに使う事がある

別に品茶が嫌いなわけではないけど、個人的にお茶飲む時は、愉しみのために飲みたいと思う。なので、鑑定杯をその言葉通りの意味で使った事はない。つーか、別に鑑定杯でなくても、品茶は出来るし。

ただ、鑑定杯の大きさは何となく好きで、好きなお茶を適当にがぶ飲みしたい時に使う事がある。がーっと鑑定杯で淹れて、そのまま、カフェオレボウルみたいな感じで飲む。洗うのも簡単だし、サイズが、ゴクゴク飲むのにちょうどいい。

不器用で蓋椀が上手く使えない俺にとって、鑑定杯が蓋椀代わりなのかもしれない。杯に移さずに飲む事さえあるし。

そういえば、この鑑定杯って、同じようで微妙に形や大きさが違うのね。時々、凄いカッコ悪いのがあるし、妙に形が良いのもある。まあ、元々、そういうアバウトなものなんだろうけど。写真のは、カッコいいタイプのだと思う。受ける茶碗部分のカーブがいい(微妙だけど個人的には)。

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出来が良いとか悪いとか人は時々口にするけど

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謎のデミカップ。詳細は秘密。

例えば、茶杯を選ぶ時、飲み口が薄いとか、釉薬の具合が良いとか、香りがこもるので香りを聞きやすいとか、口が広いのが良いとか、すぼまってるのが良いとか、色んな観点で選んでるのだけど、でも、機能で選ぶというのは、実際のところ、何かに言い訳してるような気がする事がある。

目茶苦茶好きな形と色と持ち心地で、でも口当たりは普通の茶杯と、口当たりと機能は最高だけど、見た目がとても好みでない茶杯があったら、多分、俺は見た目が好きな方を取ると思うのだ。で、その時は、持ち心地の良さに何らかの理屈をくっつけてたりして。

とりあえず、何か良い茶杯が欲しい、という曖昧な状態なら、機能や構造、焼き物としての出来の良さなんかは、かなり重要な情報になると思う。でも、何が欲しいのかはっきりしてたら、そういうのはとてもどうでも良くなる。

茶壺なら、茶杯に比べて道具度が高いせいか、機能の重要度も茶杯よりも高いかもしれない。でも茶杯は、普通に飲めるのなら、後は、好き嫌いだけが何より優先するような気がするのだ。で、飲み口も、かなり気分に左右されるから、好きな茶杯で飲めば美味しく感じるし、好みでない形の茶碗で飲むと美味しく感じにくかったりする。

唇は結構感覚が鋭敏だし、口当たりが味に影響するのも間違い無いと思うけど、感覚が鋭敏だからこそ、嫌いなものに対する時も敏感。吸い付く口当たりでも、我慢出来ない形なら、良い口当たりだと思いにくい。嫌いな人とキスは出来ないみたいなもので。

出来が良いから良い、というのは、キレイな女の子(男の子)なら誰でもいい、と言ってるようなものかもしれない。口当たりが良いから良い、というのは、気持ち良ければ誰でもいい、と言ってるようなものかもしれない。好みって、もう少しうるさいもので、もう少し複雑だから、ちょっとブスだからエロくて好きとか、地味だから好きとか、何か気が合うから好きとか、色々ある。あ、だから茶杯も数が集まっちゃうのだなあと(あ、これも言い訳か)。

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真鍮の盆と匙

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真鍮は好きだ。五円玉とか、金管楽器とか、あの、金ほど光らず、何となく金属の中ではふにゃっとした質感があって、使っていると銅みたいに味が出てくる。というか、元々銅と亜鉛の合金だ。銅と錫だと青銅で剣になってたり、魔神になってたりして、何となく好戦的(だからといって10円硬貨が喧嘩好きというわけではないが)。銅とニッケル白銅で、金管楽器のバルブとかに使ってたと思う。真鍮より固い印象。

真鍮は黄銅とも言って、だから王道だとか、つまんない洒落も言える。洒落と言えば、海風號の設楽さんが「茶芸・アフター・トゥモロウ」とぼそっと言うので、倒れるくらい笑った。「ザ・デイ」は全部、茶芸でイケルわけで、そう考えると無闇に面白い。だからと言って、曽根崎真鍮とか、真鍮天網島とか、真鍮の首飾りとか、真鍮一おみおつけとか言ってよいというものではない。

黄色が強いのは亜鉛が多い真鍮で、赤みが強いのは銅が多い真鍮なのだそうで、上の写真で言えばお盆は銅が多い、いわゆる丹銅で、匙は六四黄銅といったところか。お盆の方は清朝末期くらいのものだそうで、もうしっかりと味が出てる。何か、この上に乗せて写真撮ったら何でもフォトジェニックという感じで。全体に赤黒く鈍く光ってて、ちょっと付いた緑青も良いアクセント。手に持った感触もたまんない。

真鍮に緑青が付くのは、銅が含まれるから。青銅の場合は、あれ空気に触れると緑青になっていくのよね、確か。だからか何となく青銅って緑青びっしりの印象がある。というか、緑青の緑を愛でるためにわざわざ作った合金が青銅という感じで(嘘だけど)。

茶匙や茶勺があんまり好きじゃないので、普段は適当に袋からざくざく入れたり、手づかみで入れたりしてるけど、さすがにそれではちょっとと思う茶葉も時々ある。なので、この真鍮の古い匙を茶匙代わりに使ってる。あんまり出番は無いけど、それでも「匙」という感じが不思議に懐かしいように、匙は古いものがカッコいいような気がして。

海風號の設楽さんが、また色々と北京から持ち帰っていて、その中に、上の写真の匙と盆もあって、匙は7000円、盆は25000円。盆が良くって。真鍮の良さが、とても直接的に伝わる感じで、匙は既に持ってるから今回は見送って、盆をゲット。何せ、五枚限定というか、五枚まとめて入手出来たのは凄く珍しい事だったようで、設楽さんも興奮気味。匙も、今回のが出来が良いので、もしかしたら買うかも。古いラッパみたいな色がたまんない。

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茶缶が欲しくなるのはどうしてだろうと考えた

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海風號で売ってる茶缶、茶壺の数々

よく売ってあるお茶が入ってるくらいの茶缶というか茶筒がある。あれの役割がよく分からない。まあ、俺は、お茶の保存に比較的無頓着というか、どこのお茶屋さんもしっかりしたアルミガゼットに脱酸素剤と一緒に入れてくれるから、そのまま封を切ったらクリップとかで口を留めて、大きな缶に他のお茶と一緒に放り込んでいる。海風號の茶葉の場合は、あの赤いキレイなジッパー付きパックは、そのままで半年くらいは普通にもつので、そのまま部屋に置いてある。で、飲み切ったら次を買うという感じだ。だから、あのサイズの茶缶とか茶筒とか茶壺で、お茶を保管するというのは、ちょっと俺には無い考えだ。

俺が考える、茶筒の使い方は、まずお茶会でも何でもいいけど、外でお茶を淹れたい時の茶葉入れとして。この場合、10グラム入れば十分だったりする。大きくても40グラムくらいが最大ではないかと思う。で、もう一つの使い方は、メチャクチャ好きなお茶を少量長期保存するためのもの。この場合も、密閉性が高い40グラムくらい入る錫の茶缶があれば十分。あとは、普段飲み用の茶葉を小分けにしておいて、取り出しやすくするためのものくらいで、これも40グラム以下で十分。

ということで、40グラムくらい入る茶筒が三つもあれば、ほとんど用は足りるし、わざわざ持っていたいと思う茶筒も、まあ京都は開花堂の手作り茶筒くらいで、それも、携帯用(30グラム)か一番小さいサイズ(40グラム)でさえ、俺には少し大きいかも、と思うくらいだった。

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この味が出るのに、何年かかるんだか

というところで海風號のコレクションを見てしまったら、これが欲しくなってしまったから困ったもの。まず、小振りの良いのが多いこと、錫製は密閉製が、ブリキ製は機動力が高いものが揃っていること。そして何より、どれも使い込まれて、良い感じに育っているのだ。開花銅の茶筒も育つと味が出そうだけど、当たり前だが買う時には新品。しかも金属製品は育つ途中があんまりキレイじゃない。育って味わい深いものがあるなら、そっちの方が欲しいのだった。

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錫の茶壺は、この密閉製が魅力。自重で蓋が閉まっていく快感

電脳商城でも売ってるけど、茶缶、特にブリキ製のものの魅力は、店で触ってみないと分かりにくいと思う。俺も、店で手に取るまでは、ノーチェックだった。あの肌の魅力は写真には写りにくいと思う。開け閉めの密閉製は錫製が気持ち良いから、長期保存用には錫の茶缶が良いのだろう。茶葉の持ち運びや、お茶会用に小分けしておくのにはモノとしての味が深いブリキかなと思う。置いておきたい錫と、持って行きたいブリキと言ってもいいか。

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この小ささと、重厚な錫の肌に惚れて持ち歩いてます

とりあえず入手したのは、ほんの10グラムくらいしか入らない錫の茶缶。これに7グラムくらい、その時気に入ってる茶葉を入れて持ち歩いている。お湯さえあれば、いつでもお茶が飲めるように。もうクロームみたいな鈍い光を放っていて、育ち具合は申し分ない。持ってるというだけでも嬉しくなる道具だ。ほんと嬉しい。

あとは海風號にまだいくつか残っている、40グラムくらい入るだろう小振りの円筒形のブリキの茶缶が欲しいなあ。しっかり使い込まれていて、その肌合いの味わい深さが凄い。この感じを出すのって何年くらいかかるんだか。味は出てて、凹みとか無いのがまた嬉しい。ブリキは鋼板の表面を錫メッキしたものだからか、錫の缶と似た肌合いで、それより柔らかい感じに育っているのが分かる。これがいいんだ。何に使うか微妙な俺が、純粋にモノとして欲しくなってしまう。お茶から離れたとしても、容物の魅力というのがあるんだなあと、ここんとこ海風號に行くたびに手に取ってしまう。

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イタリア海軍グラスと早期壷

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夏の大茶会2006で入手した物。
・Formosa Tea Connectionで売っているイタリア海軍のグラス(デッドストック品)のコンディションの良いもの2個(各2500円)。
・同じくFormosa Tea Connectionで売っている剣先の古いガラスコップのコンディションの悪い物(2000円)。
・Formosa Tea Connectionの放出品から見つけた茶杯2個。
・海風號の早期壷(通常価格2万円)。
・三宝園の茶農家による自家用阿里山茶のティーバック(濃香)。

あと、まあチョコチョコ。海軍グラスは、良かった。底が厚くなってて、その重みで多少の揺れではビクともしない。船上での利用を考えた形状が、ゴチャゴチャした俺の仕事机の上でも安定感があって買ったその日から活躍。今回、Formosa Tea Connectionはルミさんコレクションを放出してるセール品が凄い。

海風號は、今回は茶托が目玉だけど、茶壷も良い物が安く出てる。出来が良い漢瓦壷(小)は12000円になってるし、他のも店での価格からかなり引いてある。入手した茶壷は、とにかく土の感じが良くて、使いやすそうだし育ちそうだし、何より手に吸い付くような肌が良くて、気がつくと持ち帰りにしていたもの。そういえば、例のオカモチが売れてる。会期終了日にまだ残りがあれば買おうかと思っていたけど、なくなるかも。

後は、三宝園、錦園のブースが人気。常滑蓋碗は欲しいなあ。誰か買ってくれないものか。落語茶会は、俺を企画に入れなかったのが失敗ではないかと思う。「長屋の花見」で番茶と沢庵というのをシャレていると思ったのも分からないではないが、噺の中で否定的に描かれているものを出すという時点で、シャレも何もない。シャレるなら、本気で良い酒と卵焼きを出すのが正解だろう。ネタもお茶も日替わりだそうだけど、うーむ。新作作るくらいの気合いは見せて欲しい(というか、言ってくれれば格安で書くのに)。

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茶杯はいくつあっても困らない、または、海風號夏の茶杯祭り

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柿釉の金魚模様の茶杯。外側が渋柿色に染まった茶杯で、これの官窯手のものは俺も愛用。金魚の絵がメチャクチャなのもあって面白い。

例えば、気分に合わせて筆記具を変えるという人がいる。俺も取材などに持っていく筆記具を、取材先に合わせたり、季節や気分や見栄や欲望や気配や情動や時期や方向や空気や天気によって適当に選んでいる。さらには、仕事で使うパソコン上のワープロソフトさえ、季節や気分や見栄や欲望や気配や…以下略、によって使い分けているから、今の時点で、Macに7本、Winに16本のエディタ及びワープロソフトが入っている。

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清くらいの青磁茶杯。倉庫からの出物らしくて、とてもキレイなものが揃っている。とても実用的な大きさで、古物らしい味わいがあって、広く使えそうな茶杯だと思う。

筆記具もワープロソフトもなんというか、とてもフロントエンドな道具で、だから一番直接自分に関わるというか、自分と外側を繋ぐ道具で、それはもう、ルックスとか声とか表情といったものと同じだから、選択肢は多いに越したことはないと思ってしまって、いくらでも数を揃えてしまう。まあ、自分の引き出しの数なんて多寡が知れてはいるので、数もそれなりに規定されるのだけれど、それでも、それなりの数にはなる。

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景徳鎮の色絵茶杯。品の良い色絵の中くらいの大きさの茶杯。サイズバランスがとても良い。3000円。

お茶を飲む時のフロントエンドは、直接口を付ける道具である茶杯で、だから、茶杯も数が欲しい(これを正当化するための言い訳なのか真実なのか出任せなのかは謎だが、茶杯がフロントエンドであるという捉え方は茶杯選びの際の重要なポイントになると思う)。自分と言う器の中に許容できる範囲で、出来る限りのバリエーションを揃えることが出来れば、とても幸せにお茶が飲めるというものだ。俺がやけにガラスのコップにこだわっているのは、やはり冷茶を飲むことが多いからだろうし、そのバリエーションがまだ揃わないからだと思う(これについてはFormosaTeaConnectionがOZONE夏の大茶会で面白いものを出すそうなので、それに期待)。

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色絵の中茶杯と茶托付きの小茶杯。どちらも2000円。今回のお買い得品。

だから、茶杯はいくつあっても困らないのだが(茶壷は、あんまり沢山あると使わなきゃのプレッシャーに負けてしまうので、使える限りという制限が出来るのが難しい)、問題は、そう簡単に「これは好き」というものに巡り合わないということ。だから、今の海風號はありがたい。今回の北京行で設楽さんが大量に茶杯を持ち帰っているのだ。それも、バリエーション豊富で値段も安い。今や海風號は、ちょっとした「夏の茶杯祭り」状態。上の写真で紹介してるのも、全部、海風號の新入荷品。価格が手頃なのも嬉しい。

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よりどりみどり、2個1000円の超小茶杯。明末から清末くらいのものが色々。淡い青が明末、濃い青が清と思って間違いないらしい。

圧巻は、明末から清末にかけての小杯。今まで海風號で1個1000円〜2000円で売っていたものが、今回大量入荷。しかも2個で1000円。状態もキレイなものが多く、微妙に形が違い、柄も時代も違い、選ぶ面白さも含めて、とても茶杯的だと思う。何に使うんだというくらい小さいから(玉露とか強いお酒用)、特殊用途のフロントエンドとして持っていて損はないし。

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釉裏紅の馬上杯。この独特の紅が釉裏紅の特徴。ただニセモノが凄く多い世界だそうだ。で、これも90%は本物だけど、確信は無いと設楽さん。でも、柄が回転するし、色はキレイだしで、俺はかなり好き。

他にも、釉裏紅の馬上杯とか、柿釉の金魚文の茶杯とか、あんまり見ないような茶杯(酒器だったりもするけど)が、色々入っている。しかも、今回の茶杯の凄さは、どれもとてもキレイだということ。古い物なのに、新品のような顔をしてすぐにも使えるものばかり。引き上げとか発掘ではない、倉庫に眠ってたとか、そういうものがメインなのも俺にとっては嬉しい。珍しさより気持ちよく使える方が好きな軟弱モノだから。でも、同じ物なら、発掘とかより倉庫から出た方が絶対良いと思うんだけど、どうなんだろう。

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海風號の新着古玩たちで色々考える

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今回の設楽さんの中国行は、主に西麻布に出来るショットバーのための店内ディスプレイ用古道具が中心だったそうだ。その品々、例えばランプシェード代わりの灯籠風のものとか、少しだけ古い官窯手の壁掛け用一輪挿しとか、銀のパイプのレプリカとか、そういうものが並ぶのだが、そこに何となく統一感があって、「これは1920年代の上海とかですか?」と聞いたら、「正確には1915年の上海のバーを演出しようと思って探したものですよ」と設楽さん。

大して古い中国の知識の持ち合わせが無い俺でさえ、そこに時代の共通性みたいなものを感じられるのだから、やはり店の内装をプロデュースするためには、そういう時代感覚はとても重要だということを再認識する。大して知らなくても、そこに極端に時代が違うものが置かれていれば、そこは浮く。浮いたものは目に入るし、それが意味を持って時代を外しているのではなく、単なるアドリブで入れてあるなら、それは失敗と呼ぶべきなんだろうと思う。

モノがまとっている空気の面白さが古玩の楽しみの一つであることは間違いないような気がする。実は俺は、基本的にパンクスなので、坂口安吾ではないけれど、古いものよりも、伝統は踏まえるにしても、そこから作り出す新しいものを「美」とする感覚で生きてきた。だから古いものがよく分からないのだけど、それがまとう空気が、知らない場所、知らない土地のものであり、それが心地よいなら、俺にとって新しいものとして楽しめるような気がしている。

今回、海風號に来た古玩達は、それほど極端に古いものではなく、手が届くくらいの過去で、でも、知らない世界の空気感を持っていて、しかも、設楽さんの言う1915年は、第一次世界大戦の最中、上海が世界の魔都と呼ばれた時代。その猥雑感と道教的なムードの混ざり具合が、チャイナファンタジーの中国みたいで、そういう楽しみ方をするためのお手本になるような時代に思えるのだ。

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こんな茶杯があって、これは予定価格5客で3万円。民国くらいの官窯手だそうだ。薄くて軽いのは当然として、その縁の花みたいな処理なんか、何と言うか丁寧な仕事とキレイな仕上げと、独特の美意識が混ざったような茶杯で、まるで青幣の親分のお茶会みたいなムードがあって面白いのだ。ゆったりしてて緊張感があるというか。

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それに、さらに古い絵皿が数種類。予定価格1枚5000円。植物モチーフの吉祥模様は、シンプルだけに時代を越えて、赤が緑が入っているから、戦前の上海っぽくて、だから、清の中ごろのものだそうだけど、不思議に「今」に近い感じがする。近い過去。それこそ、民国の頃の店で、その店のセンスで使う古い皿という感じで。

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大きいのは7000円。大小どちらも微妙に違うデザインも面白くて、サイズがちょうど良くて、もし俺が珈琲屋やるんなら、ソーサーにしてみたいような、そんな絵皿。前にも設楽さんが買い付けてきた藍染めの絵皿も入っていて、それもまた良くて。

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壁掛けの一輪挿しもある。2個で2万円。文革の頃のものらしい。何とも不思議な色気がある一輪挿し。修業中の男の部屋の壁に、誰かがいつか置いていったような、そんなムード。不思議と男性的というか、風流というか、そんな趣があるのは、これが簡易床の間的なデザインだからだろうか。武士っぽい。

古玩は、その本来の時代の空気と、今の空気を混ぜてしまうところに面白さがあるなと、今の俺は思う。それ以上のことは、まだよく分からない。時々、あからさまに「好き」と思うものがあるけど、その「好き」の意味も掴めていない。でも古くても新しくても「使えてなんぼ」としか思えないのが、まだまだガキであるのだろうな。

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保温できる茶海としての「cafesolo」

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eva solo「cafesolo 0.6」価格9,450円
他に1リットルのラージ(9,975円)もある

粗挽きにしたコーヒーをフラスコ状のカラフェに入れて、お湯入れてかき混ぜて、あとは保温カバー付けて4分待てば、美味しいコーヒーが出来上がるという、欧羅巴風珈琲作成器「cafesolo」というのがある。製品の詳しい説明は、明日くらいにAll Aboutの男のこだわりグッズの記事として公開されるので、興味ある人はそっちを見て欲しい。

この「cafesolo」の最大の魅力は、保温カバーを中心にした保温のための技術がとても優れていること。ウェットスーツみたいな保温カバーも凄いし、ラバーで密閉されるのに開閉しなくても中の珈琲が注げる仕掛けの蓋も凄い。そのおかげで、中のコーヒーは、冬のこの時期でさえ50分くらい熱い。

ということで、当たり前のように俺はこれを茶海として使う。口は広いから、どぼどぼとお茶を入れられるし、容量も600mlと食事時に使ったり、だらだら仕事中に飲むのにはちょうど良い量。しかも、一人で飲んでも大体40分くらいで飲み終わる量なので、熱いまま、最後までイケる。嬉しい。デザインもキレイだしね。

あと、注ぎ口が垂れない構造になってるのも嬉しい。だから保温カバー付けたままで、安心してゴボゴボと茶杯に注げる。面倒くさい時は、茶葉を入れてお湯入れて、保温カバー付けて、そのまま仕事部屋へ。長くお湯に浸けてても渋味が出にくいのが中国茶の有り難いところだったりするし、そういう用途に最適なしゃおしゃんの青プーアルとか持ってるし。

これ、俺にとって、かなり理想の茶海に近いのかもしれない。保温出来るんだぜ。夏は氷とか詰めてみたい。紅茶・ハーブティー用のも売ってるから、茶海としてなら、むしろそっちが良かったか。でもコーヒーがシャープに入るってのも魅力だし(と言いつつ、ほとんど茶海としてばかり使っている)。とにかく電気も使わず「保温」(または「保冷」)出来るのはエライと思うのだ。

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設楽さんの本領発揮「銀張りの保温ポット」〜大千茶樓コレクション 4

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銀張りの保温ポット 38000円(イタリア製)3個限定

このポット、実はオーダーメイド品だそうだ。イタリアで銀メッキで作られていたものを、メッキは嫌い、ということで銀張りに仕立て直したものだという。それだけの高級感は十分。

保温部分の構造がしっかりしていて、設楽さんによると1時間は楽にお茶が飲めるとそうだ。確かに、傾けるだけでお湯が出るのに、真っすぐ立てると湯気も見えない。これは、ただ被せてあるように見える蓋が、その自重と構造で、しっかりと密閉しているということだ。

これはね、ちょっと凄い。お店では龍井とかを出す時に、一緒にお湯を入れて出していたらしい。この存在感はもうポットを越えている。これとグラスで龍井というセットを今から17年前に出していたわけで、設楽さんは昔から完成度が高かったんだなあと思う。

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サイズが、また良くて。保温部分がしっかりしているから、あんまり容量は入んないみたいに見えるけど、500ml近くは入るようだ。それでいて、コンパクトで、でも持ち重りはしっかりする。で、少し傾けるだけで、スムーズにお湯が出て、口は当然のように垂れない。

まっすぐしたデザインが、俺好み。ここまで贅沢なポットなのに、偉そうな感じがないのは、この真っすぐなラインのおかげだと思う。蓋部分だけ、ちょっとギミックがあって、後はひたすら普通に真っすぐ。真っすぐに円筒。カッコいい。3個しかないから、これは本気で急いだ方がいい。これからの季節、重宝するよー。

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お茶が入るガラスのちろり〜大千茶樓コレクション 3

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ガラスちろり(茶漉し付き) 3000円 15個限定

これも、大千茶樓で使われていたもの。元々、設楽さんがデザインの良さで見つけてきた冷酒用ちろり。その氷を入れておくガラスのビーカー部分の底を切って茶漉しに仕立てたものだそうだ。曇りガラスに茶摘みの季節の歌みたいな漢詩が書かれている。

この形はちょっとありそうで無い。四角くて、注ぎ口がかなり下から出ていて、把手が高い。こういうデザインは麻布やかん組合コレクションのやかんにも無かったと思う。注ぎ口のカットの具合が「一滴も垂れさせない」といった感じで、設楽さんの目が行き届いているような気がする。

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しかも、これ、店で熱湯を入れて普通にお茶を淹れていたそうで、つまりは耐熱。耐熱ガラスかどうかは不明だが、とりあえず大丈夫ということらしい。もちろん冷茶や冷酒に使ってもいいし、いっそ燗酒とかね。把手も外れるから洗い易いし、ちろりとしては量も沢山入る方だし、この丁寧な仕事ぶりで3000円は、処分価格ならでは。実際はいくらしたんだか、と思うのだった。

これは、欲しい人は本気で急がないと、日曜には売り切れてしまう可能性が高い。今日も俺の目の前で1個売れてたし、俺もゲットしたし。

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アラン・チャン×設楽光太郎ダブルネームの茶缶〜大千茶樓コレクション 2

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大千茶樓茶缶 4個セットで1000円

この4つの茶缶。大きさも形もデザインも違うけど、どれも設楽光太郎プロデュースでアラン・チャンがデザインしたもの。色んな事情で設楽さんが最後まで見ることが出来ず、設楽さんが想定していた出来には遠く及ばなかったらしいけれど、十分にキレイなデザインで、使いやすそうなサイズが揃っている。素材は全部ブリキ。いわゆる「ティン・カン」。

これ、4個で1000円という放出価格。ただし、放出価格なので通信販売の場合は、支払いは代引きのみ、送料は別途買う側の負担でお願いしたいということだ。もちろん、3000円以上の茶葉や茶器と一緒に買えば、送料はサービスになるのだが、茶缶だけの注文の場合は、送料は負担して欲しいということなのだ。

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んじゃ、一個づつ見ていく。まずは、一番小さい、この四角い奴から。これ、大きさはH6cm×W11cm×D8cm。元は漆の箱だったものをアラン・チャンが茶缶にデザインしたものだそうだ。細かい絵柄は、風俗画だからちょっと浮世絵みたいなムードもあって、個人的には絵柄はこれが一番好き。

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次は、この丸い奴。直径10.8cm×高さ7cmと小振りで使いやすい大きさ。お菓子とか入れておくのにも良さそう。家の奥さんのイチオシ柄。

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これは、「大千茶樓」の文字がハッキリと前に出た、オーソドックスなハウス缶。サイズも普通のお茶缶サイズというか、50g〜100gくらいの茶葉を入れるもの。このシンプルさと、今はなき大千茶樓を偲ぶメモリアルアイテムなのが魅力のポイント。

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最後はちょっと大振りの缶。柄は、元は象牙のレリーフだったものを図柄にして使っていて、一見、花柄見たいな感じで、良く見るとマヌケっぽい小僧がいっぱいいて面白いという、ちょっとした二面性が楽しい。大きさは直径9cm×高さ17cm。

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缶の裏には、アラン・チャン・デザインのクレジットも入ってる。つーことで、この4つがセットで1000円は、まあ投げ売りに近いと思う。とりあえず限定ではないが、欲しい人は早めにチェックする必要はあると思う。使い回しが出来そうな缶なので何セットか買っておくのも良いかも。俺はバード電子に持ち込んでスピーカーにしてもらったりしようかと目論んでいる。

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Eary 設楽光太郎コレクションがやってきた〜大千茶樓コレクション 1

大千茶樓、という店をご存知だろうか。お茶の水のセルリアンタワーにあった、早すぎた中国茶カフェにして、空前絶後の高級喫茶だった。俺は、本当に偶々、打ち合せで使ったことがあって、その時に、何て凄まじく金がかかった店だろうと思っていたので、やたらと印象に残っていた。

その店が、実は設楽光太郎さんプロデュースによるものだったと知ったのは、海風號に通うようになって、かなり後のことだった。バブルのピークが過ぎたくらいの頃に、設楽さんが金に糸目をつけずに作った店であり、設楽さんの中国茶店舗に関する最初の仕事だったのが、この大千茶樓だったのだった。

その大千茶樓で使っていた(または使う予定だった)、様々なお茶グッズが、わけあって海風號に色々とやってきている。そのほとんどが、企画・製作を設楽さんが行ったものだけに、何とも良くできている。どれも、量産品と別注品の間を行く、とても使いやすそうでいて、心地よいデザインのものばかり。

で、それらを処分価格で大放出するということで、俺も早速、いろいろとゲットして来た。実際、個数は限定だけど、かなり実用的(店で使っていたんだから実用的は当たり前だが)で、しかも普段使えて、カッコいいものが揃っている。

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とりあえず、このお茶缶からご紹介。

これ、大きい方は台湾製のステンレスのお茶缶。底面の直径16.8cm、高さは23cmくらい。きちんと処理されているので、臭いはしないし、底面の鏡ばりに仕上げられたツルツルとか、二重になった蓋の機密性の高さとか、本当に普通に信頼できるお茶缶として使える。しかも店でないと使わないようなビッグサイズだけど、ここに袋ごといろんなお茶を入れて置くことも出来るから、この大きさはかえってあり難いというようなもの。で、これが3000円。個数は、15個くらいしかないそうだ。

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小さい方は店で使われていたもの。だから当然、これも処理済み。すぐにお茶葉入れて使える。直径11cm、高さは19cmと大きさも手頃で、普段飲みの茶葉をごっそり入れておくのに最適。こっちも二重の蓋の機密性がとても高い。こっちは何と1000円。店で使ってたから、ということらしいけど、破格のお値段。これも15個限定だ。

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続いて、このガラスの容器。駄菓子屋さん容器とも言う。駄菓子屋のはボディがセルロイドとかだけど、これはガラス。つまり、駄菓子屋のものの本物ってところか。これがまた、異様にきっちりと蓋が閉まる。このへんの密閉製の高さに、設楽さんのこだわりを感じる。本当の意味で実用的というか。

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携帯茶器セット考

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携帯茶器セットは、意味も無く魅力的だ。それは多分、俺だけのことではなくて、かなり多くのお茶好きに言える事だと思う。その証拠の一つとして、奇古堂の携帯茶器セットを持ってるという人が意外に多いということがある。木の箱に入ってるやつね。

あれ、俺も欲しかった。ただ、実物を見ると箱が結構大きく、その割に中に入れられる茶器は少なく、茶器そのものも小さ過ぎるというのは、モノとしての魅力はともかく、携帯茶器セットとしては上手くないのではないかと思った。買った人の話とか聞いても、所有する喜びはあっても、実際に旅に持っていくという人は少ないようだった。

あれは、携帯できるように作られた茶器セットであって、携帯茶器セットと言った時に思い浮かべるイメージから、ちょっとズレたものなのだと思う。同様に、デカイ茶盤の中に茶器一式を入れて持ち歩ける茶器セットも、携帯出来る茶器セットではあるけれど、携帯茶器セットではないと思うのだ。

例えばひらたさん自作の携帯茶器セットを見せてもらった時には、「おお、携帯茶器セットだ」と確かに思った。ちょっと大きいのと、一人前が基本になっているので、携帯茶器セットと言うよりも、正確には旅行用茶器セットというのが正解なのだろう。ひらたさんも「出張用」と言ってたし。

携帯茶器セットというのは、イメージとしてはパッケージは小さくて、でも中には驚くほど色々入っている、というものではないだろうか。少なくとも俺はそう思う。だから、木の箱とか竹の籠では、ちょっと大仰になるのだ。もっと軽く。

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設楽さんが北京で見つけてきたという携帯茶器セットは、だから、言葉そのものの意味で携帯茶器セットであるなあと思った。この小さな布製のポーチの中に、蓋碗、茶海、茶漉し、茶杯×6、ピンセットが入っているのだ。しかも、振ってもカチャンとも言わない。

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布を上手く重ねられるようになっているから、かなり安全性も高い。布ポーチだから軽い。お茶はかなりしっかり淹れられる。特に、茶海の出来が良いんだ。これ、一人なら茶杯を出さずに蓋碗で淹れて、茶海から飲んでもいい。コップの形で小さな注ぎ口が付いてるというのがいいな。

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茶海がいいから、例えば茶杯は二人分で構わない場合は、茶海、茶杯×2、茶漉し、ピンセットに茶壺を入れて持っていく事も可能。この場合も、ショックアブソーサーとしての布の配置が良いから、安全に収納可能。家にあった茶壺では、Formosa Tea Connection製、呉振達茶壺か、海風號の民国の小壺が入った。奇古堂茶壺なら楽勝だけど、あれだと淹れられる量がなあ。

で、この茶器セットにモノを収納しながら思うのだが、やっぱ、こういう携帯セットの魅力は、いかに空間に無駄なくミッチリと詰める事が出来るか、そして出来上がった状態がどれだけコンパクトか、という事に尽きると思うのだ。だから、そもそも茶盤なんて問題外だし、安全性にかまけ過ぎてケースが大きくなるのも論外なのだ。

本気で高級携帯セットを作りたいなら、ゼロとかペリカンのハードケースにスポンジ発注すれば良い。でもカバン一個の茶器セットは、普通に持ち歩くわけにはいかないじゃないか。こういうものは、わざわざ持ってきました感があるとカッコ悪いと俺は思うのだ。どうも、未だに、この世界に慣れないせいか、お茶会に自慢の茶壺を持ってきたり、高級茶杯を持ってきたりする人の気持ちは、俺には分からないんで、こういう安っぽいけど、とても良くできた、さりげなく携帯できるセットに惹かれるのかも知れない。

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海風號のガラス小杯

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ガラス茶杯 海風號 6個3000円

あまり小さな茶杯は好きじゃない。お茶は、ガブガブ飲みたいのだ。とんでもなく良いお茶でも、一口で終わるような量では飲みたくない。せめて三口は欲しいじゃないの。じゃなかったら、ワンコ状態で次々と注ぎ足してもらいたい。俺が奇古堂ファンではないのは、単に、お茶の量を飲ませてくれないからだ。

ところが不思議なことに、お猪口なら小さくて構わないのだ。といっても、中国茶杯に比べたら、お猪口も結構な大きさなのだけど。で、夏の大茶会2005用に設楽さんが上海から仕入れてきたというガラスの小杯があって、これだと、俺は好きなので、不思議だなあと、自分で自分の趣味に首を捻っていたりしたのだった。

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二重構造というか中空になっていて、だからやたらと軽い。大きさは、大きめのお猪口という感じか。モノとして、それほどのモノではない。だから、設楽さんは、6個で3000円という値付けをしている。絶妙の価格設定だと思う。確実に、モノの方が3000円より価値としては高いような気がするのだ。そういう時、人は「お得」と感じるわけで、俺も「お得っ!」と思ったのだ。

お茶を入れた時の見え方が、ちょっと変わっていて、写真ではどんな風にお茶が入っているのかさえ分からなかったりする。でも、何とも良い感じなのだ。その「良い」感じの「良さ」が、ちょうど良い感じがして、このガラス杯の魅力は、そういう「程の良さ」かなと思う。涼しげなようで、熱いお茶も似合いそうで(耐熱じゃないけど)、カジュアルにゴージャスというか。

設楽さんは、夏の大茶会2005で、このガラス杯をオマケみたいにして、どんどんあげていたし、お得感もあって、もはやほぼ完売しているのだけど、そういう「スッ」と消えてしまう感じも含めて、このガラス杯は、ちょっと只者ではない感じがするのだった。などと言いつつ、氷入れて、冷茶を入れて、ゴクンと飲む。

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「夏の大茶会2005の海風號」予告編・目玉商品編

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で、お買い得編のトップは、あの漢瓦壺の朱泥初期バージョンのデッドストック。これ限定20個を2万円で放出。この形の漢瓦壺の販売は、多分これが最後になる。この初期バージョンは、フォルムが最もキレイだと思うし、使った時の育ち方も良くて、未だに、俺の茶壺の中ではエースとして活躍中。持ってない人は是非。

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漢瓦壺と言えば、この小漢瓦壺(定価18000円)も、大茶会価格になる。何と紫砂、団泥、どちらも1万円。これも、多分、これが最後の入手チャンスではないかと思われる。俺は、サイズ的に必要無いと思って買ってないのだけど、最後と思うと、1万円なら買ってしまいそうで怖い。

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最後と言えば、このクワガタ茶壺も売り切れ御免。しかも、紫砂、団泥、どちらも1万円。これも定価は18000円だから、かなりお買い得だと思う。この茶壺は、見た目キワモノみたいだけど、使って見るとかなり使いやすい石瓢壺なのだ。二〜三人でお茶飲んだり、冷茶をガンガン作りたい人は、一個持ってて損は無いと思う。

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海風號オリジナルなら、この茶杯。背が高い白磁の景徳鎮製茶杯は、通常価格4000円が2000円。隣の、ちょっとポッチャリした、手への納まりがとても良い茶杯も2000円。厚手だからこそ良い感じの茶杯は、意外にないので茶杯好きは要チェックかも。

他にも、例えば、下の写真のように、お買い得品が続々。

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この250ccくらい入る、ちょっと大きめで、表面の凹凸が魅力の朱泥の茶壺が、2万円を15000円。

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蓋の平たさと、注ぎ口の形状が魅力の朱泥の茶壺は25000円を15000円(これは欲しいかも)。

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210ccくらい入る、変わった土の石瓢壺も25000円を15000円。こんな風に、海風號のほとんどの茶壺が安くなるわけだ。

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俺的な目玉としては、先日の上海行きで設楽さんが持ち帰った、80ccくらいの小振りの民国壺。これ、どれも使いやすそうで、可愛くて、土も本当に良い感じで、ただ価格が1個3万円と、やや高めなのだけがネックと思ってたら、これが2万円になるらしい。微妙に違う形のものが揃ってるのも好き。

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同様に、この文字が入った文革の水平壺。文革壺であることが間違いないという安心感と、水平壺としてのバランスの良さ、胴を触った時の心地よさ、などなど、とても好きな茶壺なのだけど、これも2万円を15000円。

後はもう、棚も売るらしいし、秘密だが例の「パンダ茶壺」とかも、ビックリするくらい安い値段で売られそう。あまりに何でも売るつもりの設楽さんなので、本当に欲しいものがあったら、茶器に限らず、とりあえず電話して聴いてみた方が良いと思う。俺も、大好きな、中国の長い縦笛について問い合わせて、何と入手してしまった。嬉しくて、今も書きながら吹いたりしている。いや、ほんと、どうなるんだろう、この夏の大茶会。

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茶杯「紫金釉青花小杯」

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景徳鎮・清「紫金釉青花小杯」

設楽さんが景徳鎮で見つけてきた清時代の茶杯。これは、清の官窯で試し焼きとして作られた杯なのだそうだ。これと同じデザイン・大きさのものは、博物館収蔵物として本にも掲載されている。その本のものよりも、さらに薄く「手がキレイ」。容量は背高茶杯と同じくらいか、少し多いくらい。

これ、とにかく好きなのだ。設楽さんに見せてもらって、手に取った途端、「うわー、これでお茶飲みてえ」と思った。お茶だけではない。これで酒も飲みたいと思った。洋酒でも焼酎でも日本酒でもワインでも。とにかく、どんな飲み物でも良い。これで一人で手酌で、ずーっと飲んだりしたい。「勝手に一人飲むから、酌など要らん by 山崎ハコ」である。

多分、今まで見たり触ったり買ったり飲んだりした茶杯、酒杯の中で一番好きだ。何だろう、この感覚。多くは、大きさと持ち心地。中の青と外側の紫の色の出方がまた好き。ほんの少しだけ歪んでいる飲み口の丸さも好き。出会ったということなのかも知れない。

設楽さんは、「高く売りつけられたからムカついた」とだけ言って、価格を教えてくれなかった(このへんがカッコ良い)から、価値とか、そういうのは分からない。そういうのとは無関係に好きなんだからしょうがない。誕生日だということもあって、無理矢理強奪したというか、あまりに欲しそうにしていた俺を見かねた設楽さんが、譲ってくれた。嬉しかった。

この茶杯は、使ってなんぼだと思っているので、写真も水を入れて撮影した。透明に近い液体が入ることを前提にしたデザインであることが良く分かる。好きだなあ、本当に。多分、凄い茶杯なのだろうけど、持っていて緊張を強いないのが、また好き。これは、ここ一番ではなく、日常で使う。そんな愛の形(なんのことやら)。

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海風號春の新作コレクション・皿と茶杯の巻

今回は、実は古玩を中心に探してくると言って旅に出た設楽さん。その言葉通り、何だか凄い古玩もあるのだけど、手が出ないようなモノの紹介は後回しにして、とりあえず、身近な茶杯とお皿。今回の茶杯とお皿は全て清末くらいで間違いないそうだ。



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最初は、この茶杯。直径4cmにも満たない小さなものから、大きくても精々6cmの小さな茶杯。設楽さん曰く「玉露を飲むのに使ってもらいたい」ということだそうだ。時代を感じつつ盖碗で淹れたしずく茶を飲みたい感じ。5個セットで10000円。


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続いて、暦手の皿。直径14cmで1枚3000円。今回の皿の中で、俺が一番気に入ったのがコレ。柄が良いなあ。


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これはお椀。金魚の絵は外側にも描かれていて、何ともバカバカしくも可愛い。これも直径は14cmくらい、高さは7cm弱くらいか。これは1個5000円。


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花籠手の皿。これも14cmくらい。何というか、妙に馴染む柄だなあと思う。1個3000円。


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草木の柄のお皿。これは15cmくらいか。柄のモダンさが楽しい。これも1個3000円。


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これは、やや大きめでどっしりと重いのも特徴。今回の皿では設楽さんのお気に入りの一つ。これは1個5000円。


皿や茶杯も、茶壺同様、ここで紹介したもの以外も色々あるので、とりあえず、お店に足を運んで欲しいと思う。

草臥れたので、海風號春の新作コレクション・大振り茶壺の巻は、明日。

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