お湯の問題

やかんは気分が良い湯沸かし器だと思う
Photo by megmu@mame-en
お茶はお湯で淹れるから、水にこだわる人がいるのは当たり前だと思う。水による味の違い、お湯を沸かす道具での味の違い、などにこだわる人がいるのも当然だ。俺も、「Drinkin' cha」という本の中で、盛岡のしゃおしゃん焙茶工房に行って、鉄瓶で淹れるお茶の実験をした。その時の結論は、美味しいのもあれば、そうでないのもある、で、まあ要は好みの問題だった。ただ、違う味になることは間違いない。
だから、同じお茶について語っていても、実は味が違うということは当たり前のようにあるのだと思う。それこそ、お湯の味以前に、気圧が違えば、お湯の温度も違うから、沸騰したものを使っていても、お茶の出方は違う。水も違って、沸かす道具も違って、飲む人も違う。だから、Aのお茶を美味しいという人がいて、不味いという人がいて、それはそういうものだと思う。
だから、一緒にお茶を飲むのは楽しかったりするのだけど、それにしても、本当の意味で味覚を共有する事は出来ない。同じ本を読んで、同じように面白いと思って、でもじっくり話すと、全然違う事を感じていたということなんか日常茶飯事。味覚は、他の感覚ほどには個体差が無いという話だけど、味覚と、美味しいと思うことは、実は使ってる感覚器が違うから、個人的体験はどこまでいっても個人的体験。
だから、お茶飲むのは面白いと思うし、人それぞれのこだわりを見たり聞いたりするのも面白い。ただ、最近は、自分の中に基準を作らない、というのが面白いと思っている。鉄瓶(最近、かなり使い込んだ奴を手に入れたりしたのだけど)よりも、沸かしたお湯のブレが激しい薬罐の方が面白いのだ。
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