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茶漉し付きマグカップの形

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HOUEN/KY-T「CHAKIマグ」4,725円 (税込)

茶漉し付きマグカップって、かなり便利だと思うし、それなりに合理的だし、それなりに美味しく飲めるし、とても好意的に捉えているんだけど、結局、買った事はない。何度も買おうとしたけど、何故か決め手に欠けるというか、金を出すまでに至らないのだった。それほど高いものではないのに買わないという事は、何か気に入らないということなのだろう。

まあ、茶葉が多少口の中に入っても構わない方だから、茶漉し無しでマグカップに茶葉放り込めば用が足せるということもあるのかもしれない。でも、茶漉しとカップと蓋に分離するという、合体ロボット的なアイディアは嫌いではないし、茶漉し部分が深いのも何となく美味しく入るような気がして好きなんだけど、結局、フォルムの問題なのか。

何か、どれもちょっと野暮ったい。機能重視の茶器なんだから機能重視の形をしてて欲しいんだけど、中々そうはいかないのが、茶漉しの大きさと厚さ。焼き物で作る茶漉しは、それなりの厚みがあるからか、それを内包するカップ部分も微妙に大きくなる。大きいカップはむしろ歓迎なのだけど、その大きさが、お茶を飲むために導かれた大きさではないことが問題なのかもしれない。そういうのが伝わってしまうのがデザインの怖さだと思うし。

中では、写真の近藤康夫氏デザインによる、有田の方円シリーズのは悪くないと思う。詳しいことは、AllAboutの方に書いてるので、そちらを参照していただくとして、サイズも、薄さも、フォルムも悪くない。むしろ、これまでのものに比べればダントツに良い。だから、AllAboutでも勧めたのだけど、シビアに見ると、ちょっと詰めは甘いのだ。その詰めの甘さが、誰にでも使える普遍性に繋がっているのは分かるのだけど、多分、俺は茶漉し付きマグカップを愛し過ぎて、理想が高くなり過ぎているのだと思う。

もちろん、このマグカップは使っているし、嫌いじゃない。キレイと言えば十分にキレイだ。マグカップ単体で使ってキレイで使いやすいというのは、茶漉し付きとしては最高の機能だとも思う。だからこそ、もう少し精巧に作って欲しかった。欲を言えば釉薬の塗り方もあと一歩の丁寧さが欲しい。でも、そうするとコストが跳ね上がるのも分かるし、一般性はなくなってしまって、茶漉し付きマグカップというジャンルからはみ出してしまう。そんな製品には意味が無いわけで、だから、これはこのスタイルで完成しているのだ。俺の愛が無い物ねだりの子守歌なだけ。

かつて、設楽光太郎プロデュースで海風號オリジナル茶漉し付きマグカップを作っていたそうだ。現物はもう手元に無いという事で俺は見た事ないのが残念。しかし、俺は、何でそんな見た事も無い理想の茶漉し付きマグカップにこだわってるんだろう。そっちが不思議だ。

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