
JAZZ喫茶は、JAZZがお茶請け。JAZZ喫茶ヤマト屋 at 京都
「請ける」という言葉は、まあほとんど「受ける」と同じ意味なのだそうだけれど、特に「請ける」という感じを使う場合は、「金を出して引き取る」とか「引き受ける」という意味の時なのだそうだ(三省堂デイリーコンサイス国語辞典より)。つまり、お茶請けって、お茶を引き受けるものなんだな。
真面目に考えると、例えばお茶を飲むときの、口の中の感じを変えるために食べるという場合や、お茶という刺激物を腹に入れる時の、刺激の緩和として何か食べるという場合の食べ物をお茶請けと呼ぶという定義も出来ないではないかもしれない。そう考えれば、お茶請けは、お茶を引き受けているような気がしないでもない。
でも、その一方で、お菓子を食べたら口の中が甘くなるから、お茶を飲んで口の中をさっぱりさせたいという場合がある。食べた後にお茶を飲むことで味が完結するという食べ物だってある(あたしの場合、それは羊羹と緑茶だったり、チーズケーキと紅茶だったり、沖縄料理とさんぴん茶だったりする)。その場合、どっちがどっちを引き受けてるんだろう。
酒を飲むときに食べるのは、つまみだったり肴だったり。一方で酒だけ飲むときにチェイサーのように、別の飲み物を飲む。このときの水がまた美味い。バーでチェイサー代わりに凄え美味い鉄観音を出してもらったことがあるのだけど、この場合、どっちがどっちを引き立てるのか分からないけど、酒も茶も美味くて、でも、それぞれが独立して飲み物として成立してる。要するに美味い飲み物が並んでるという状態ね。
個人的には、フルーツジュースをお茶請けにお茶を飲むことがある。ドライフルーツは中国茶のお茶請けの定番だし、果物はケーキなどに使われて、普通にお茶請けとして食される。ならばフルーツジュースの味がお茶に合わないわけないので、一見、ふしぎな組合せのようで、実際に試してみれば案外普通に美味しいのだ。この場合は、どちらかというと、フルーツジュース請けにお茶を飲んでいるのかも知れないけど。
シガーを美味しく味わうために正山小種を飲むという人も多い。神楽坂のとあるバーでは、シガーと一緒に当たり前のように正山小種が出てくる。タバコと焙煎のしっかりしたお茶との相性が良いのは有名だし。この場合、何が何を請けてるんだろう。もはや相手は煙だし。
ドラッグミュージックと呼ばれた音楽がある。ピンクフロイドとかジェファーソン・エアプレーンとかグレイトフル・デッドとかが代表選手。で、この手の音楽は、ドラッグをキメる時の必需品として、言わばドラッグ請けとして使われていた、というか、多分、今も。意識の拡大を促すドラッグで敏感になった感覚を刺激するものとしての音楽、ダウナー状態の精神を包み込むための音楽。
それは、最初に考えた、お茶の刺激を緩和することを引き受けるためのお茶請けと、とても似た「請け」方。だからなのか、お茶と音楽を合わせる人は多い。バーチャル茶会のチャットでも、「今、何聞いてます?」といった会話は普通に行われている。お茶とドラッグの類似性はこんなところにも表れているけれど、そんな風に考えなくても、酒と音楽の相性の良さも含め、音楽は飲み物請けとして、とても優れたものなのかもしれないと思う。
思いついてみれば、お茶は五感で味わうのだから、それを「請け」るお茶請けが、味覚関係に限られはしないのは当たり前だ。逆に、しみじみと身体に染み渡るお茶が、その他の刺激を「請け」ることが出来るのも当然のような気がする。
そう考えると、良いお茶というのは、例えば自分が大好きな曲を受け止めてくれる味わいのものだったりするのかもしれない。逆に良い音楽は、自分が大好きなお茶の味を増幅してくれるようなものなのだろう。好きな人と、ただだらだらお茶を飲むのが楽しいのは、そこに既に最高のお茶請けがあって、また、お茶が会話を「請け」てくれているからなんだろう。
(この文章は、第二回世界同時多発茶会用に書いたものですので、一部読んだ事がある方もいらっしゃると思いますが、そこはそれで、よろしくお願いします。)
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