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海風號超弩級特売通信販売篇之事

海風號に行ったら、店舗・通販合わせての年末年始セールをやるという話しを聞いたので、早速、目玉商品とか聞いてきた。クリスマスセールには出なかった茶杯とかもあって、これが中々面白かったのだった。年末は29日入金分まで、年明けは6日から1月中旬までは、この価格で販売してくれるそうだ。

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茶杯では、この金魚茶杯が俺のイチ押し。清朝末期のもので図録などにも載っているのだが、そういうこととは関係なく、サイズも柄も良くて、お茶も映えるので俺も愛用している。これ、通常価格1万円のところ5000円。海風號には、そこそこの数があるけど、それがなくなったら、中国でも滅多に手に入らないそうだ。買うなら今のうちかも。

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この藍染めの石榴柄の茶杯は、設楽さんが買い付けておきながら北京に置き忘れていたもので、昨日届いたのだそうだ。これは、設楽さんが素直にキレイと思って買ったそうで、確かに、ありそうで無い感じ。使い勝手も良さそう。8000円のところセール価格4000円。これ12個限定なのだけど、12個まとめてなら40000円で良いそうだ。

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この、とても手に馴染む茶碗は、清朝中期のもの。少しだけ歪んだ形と柔らかく焼かれた肌は、とても優しくて、ゴクゴクとお茶が飲める感じ。12000円のところ6000円はかなりのお買い得だと思う。

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あとは、クリスマスセールの時にも紹介した背高茶杯(写真上)が3000円を2000円。4種類の民国の茶杯(写真中・下)が8000円のところ6000円。このへんはあんまり数がないので、早いもの勝ち。

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茶壺は、この約200ccの倣古壺が14000円のところ7000円。これ、サイズといい、形といい、普段遣いに最適。これで7000円なら、これから中国茶を飲みたいという人にプレゼントとか良さそう。在庫は2個のみ。

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もう少し大きくて良ければ、この250ccの倣古壺も良い感じ。こっちは土が良いそうで、設楽さんによると、育つのが早いそうだ。これも14000円のところ7000円。残り2個限り。

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この円柱状の茶壺は100ccの小さなもの。円柱状だから小さいけど大きな茶葉にも対応する。価格も10000円を5000円と手頃。在庫は3個。

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下ぶくれが可愛い段泥の茶壺は容量130cc。スタンダードな形なので、使い手を選ばないのが良いと思う。旅行用とかにも使えそう。14000円が7000円。在庫は2個。

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こっちも段泥。具輪珠って言うんだっけ、そういうのに似た形。海風號好みのスタイル。容量のメモを忘れたけど、多分、150ccくらいじゃないかと思う。正確には設楽さんに問い合わせてね。価格は10000円のところ5000円、在庫は3個。

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燻すことで養壺したという煙養壺は、とにかく紫砂の色が良くなるのが特徴のようだ。で、その中でも清朝末期の本物の紫砂で作られたものが、写真の煙養壺。これは設楽さんも驚く土の良さ。確かに形は同じでも、他の煙養壺とは全然違うムード。250ccで、在庫は1個のみ。10万円のところ80000円で良いそうだ。

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こっちは通常の煙養壺。ある内に買っとく方が良いと思う。色が良くて、俺は紅茶用に使ってるけど、良い感じに入る。見た目大きそうだけど250ccだから二人くらいで飲むのにちょうど良いサイズ。在庫は5個だけど、一個一個、すこし形が違うので、出来れば店頭でじっくり選んで欲しい(ちょっと小さいのとかもある)。

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お馴染、朱泥の漢瓦壷(170cc)も残り僅か。13000円で手に入るので、まだ持ってない人は是非。使いやすさで言えば、ほんと文句ないものだし、よく育つ。あと、また写真を撮り忘れたけど、民国の本物の紫砂を使った円珠壺(海風號のブログに写真が出てる丸い奴)250ccが、一個限り、70000円を60000円で。これは、相当良い。お金あれば買いたい。

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大千茶楼の錫茶盤も12000円で引き続き販売中。一人で丁寧にお茶を淹れるのにちょうど良いと思う。あと茶器の写真とる時に台にすると下からも光るから撮りやすくなる(お茶とは関係ないけど)。

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茶葉も引き続きセール価格で販売するそうで、やはり目玉は飲んだ人のほとんどが絶賛する四川紅茶だろう。通常販売30gで5000円なのを、30gで4000円。あと、金奨鉄観音、ミン南烏龍が50gで1500円、白牙奇蘭が、30gで1500円。まとめ買いのチャンス。

購入は、海風號に電話するか、メールして問い合わせてね。お店は28日までだそうだけど、商品の発送は29日も行うそうだ。で、新年は6日から開けるそうだ。

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海風號茎誕節超弩級特売之事

ということで、今年も明日(12月23日)と明後日(12月24日)は、恒例の海風號クリスマスセール。基本的には茶器や茶壷が30〜50%オフ、一部茶葉がセール特価で、あとお茶を無料で飲ませてくれるという太っ腹企画。直前で申し訳ないけど、目玉商品をざっと教えてもらったので、中から俺お勧めのブツをピックアップ。

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茶壺は、まず煙で養壺したという噂の煙養壺。俺も持ってる写真右の奴(我が家のは、かなりいい感じになってきて、紅茶を美味しく淹れてくれる)は20000円、6個限定。そして、同じ煙養壺だけど、形が倣古壺。これ今回の目玉だと思う。1個のみ、38000円。

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続いて、民国の如意壺。今回設楽さんが仕入れたものの中でナンバーワンだそうだ。チョコレートのような肌がすげえキレイ。サイズも200mlくらいの実用サイズ。触り心地がたまらないと思ったのは久しぶり。これ通常70000円をセール期間中なら60000円。もちろん一個のみ。

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目玉がもう一個。俺は今回の中で一番かっこ良いと思った茶壺がこれ。150mlくらいの比較的小さめの円柱状の茶壺。清末のものだそうで、土の良さは分からない俺でも、すげえと思ってしまうくらい。で細工がとにかく繊細だけど勢いがあって感動的。80000円を期間中のみ70000円。

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今回、海風號オリジナル茶器はセール対象外なのだけど、朱泥の漢瓦壷は特別に限定放出だそうで、13000円で買える。元々28000円で売ってたやつだし、まだ持ってない人は是非の、中国茶好きマストアイテム。漢瓦壷兄弟はいろいろあるけど、やっぱ、この朱泥の170mlバージョンが、一番汎用性が高いし、バランスも良いと思う。育つの早いし。

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他、茶壺は写真のとか店内在庫とかは全部50%オフ。高い奴は、交渉次第でもっと安くなるかも。とにかく相談して見てくれと設楽さんも言ってた。まとめ買いすると安くなるかもとか。

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茶杯の目玉は、この10段入子茶杯。凄え。龍の模様もカッコいいし、一番小さいのの底にだけ模様が入ってるのも好き。これ、それほど古いものではないらしいけど、珍しいし状態も良いし、何より形が良い。30000円のところ、セール価格15000円だ。

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あと、これも俺も愛用してるツバメ柄の茶杯(写真右)とか、唐人柄の赤絵がキレイな茶杯(写真左)が、通常7000円のところ、5000円。状態が良いのが揃ってるから、かなりお買い得だと思う。

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他に、上の写真、4種類の民国の茶杯が8000円のところ6000円。これがまた状態が良い。普通にお客さんに出せるコンディションで、色の出もよくて、絵が楽しくて、しかもあんまり見ない柄だったりして、しかも、柄とラインが被ってる適当な感じも含めて、味わい深い茶杯が出てきたなあと思う。仙人図みたいな奴、かなりバカ臭くて好きだ。

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お馴染背高茶杯もセール価格。3000円が2000円。これも、ある内に数を揃えておきたいマストアイテム系だと思う。

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この小さな茶杯は2000円が半額で1000円に。茶托は1000円だから合わせて2000円。この小さな茶杯に揃いの茶托が用意されてるというのが面白いと思う。

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茶葉は、写真の謎の四川紅茶が面白い。着香ではなく洋梨みたいな香りがする紅茶で、香りは甘いが味はスッキリ。研究者が作った実験茶葉らしい。これは通常販売30gで5000円なのだけど、セール期間中はお披露目も兼ねて、30g、4000円で出すそうだ。他には、金奨鉄観音とミン南烏龍が50g、1500円になるそうだから、金奨鉄観音をたっぷり買っておこうと思う。

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他には、この大千茶楼の錫の茶盤が限定10個で放出されるのが嬉しい。これ、通常15000円だけど、セール価格12000円。良くできてるし、もう数がないそうなので、早めに抑えるべきアイテムだと思う。設楽さんプロデュースらしい、チャイナフレンチなムードが良いなあ。これは欲しいぞ、俺。

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あと、ありそうで、そうそう無い民国の頃の真鍮製スプーンが通常3000円のところ2000円。スプーンの先の細工がキレイで、形とサイズが良くて、紅茶や珈琲に似合う感じも良くて、これも二本くらい買いたいなあ。何か、秘密の会員証みたいにして使えそうなデザインが、また好き。考えてると買い占めたくなるなあ。

まあ、こんな感じで。後はお店で、設楽さんに色々聞いてみてほしい。箱とか茶托とか、あのへんも大体50%オフになるそうなので、突撃したもん勝ちだと思う。無謀を承知で突撃かけてみよう。俺もかける予定。では、皆様、海風號で会いましょう。

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茶会を考える・其の二 茶芸があるお茶会のこと

Chashitu

少し前にAllAbout中国茶ガイドの平田さんに、台湾茶と日本茶のコラボレーションの茶会というものに連れていってもらった。お抹茶の、いわゆる茶道のお茶会は、子供の頃から慣れているのだけれど、台湾茶はもちろん、中国茶の茶芸を中心にしたお茶会というのは、ほとんど馴染みがなくて、思い返すと、ほとんど初めてじゃないかということに気がついて、ちょっと我ながらビックリした。

そのせいか、普段、日本茶のお点前とかと、中国茶のお点前などを比べようと思ったこともなかったのだけど、今回のように、まず広い座敷で台湾の茶芸があって、引き続きお茶室でお抹茶をいただくという流れの中にいると、比較する気が無くても、勝手に比較して色々考えてしまう。で、色々発見してしまう。そこで見えたのは、いわゆる茶道と中国茶芸の根本的な違い。それは、どちらが良いとか悪いではなく、あんまり違うから、同じ「お茶」だからと混同すること自体が悪いことではないかと思うほど違うと思ったのだった。

何が違うって、客の扱い方。茶芸に関して常にふしぎに思っていたことが合って、それはお茶を淹れてもらってる間、淹れてる人を黙って見ていなければいけないということ。お抹茶の場合、点てながら結構喋る。点てる人が喋らなくても、ホスト側に喋る人が用意されてて、その日に飲むお茶の事とか、器のこととか、お天気の話とかしてくれるし、こっちもリアクションがとれる。でも、茶芸の場合、それがほとんど無いのだ。せいぜい、今何をしているのかの説明があるくらい。

それを見てて、「ああ要するに芸なのだな」と思った。これはお茶を淹れる所作をショーとして見せるものなのだと。だから、必要以上に手や指先の動作にこだわるのだろう。もちろんショーだから私語は慎む方が良いのだ。そう考えると、杭州かなんかの、頭にヤカン乗っけて、ぴゅーっとお湯を飛ばして注ぐ、あれは極めてオーソドックスな茶芸なのだということが分かる。一方で、ショーであるというより、もっとストレートに日本茶の茶道あたりを誤解して、お茶の精神性の表現として茶芸を考えるのが、台湾なのかなとかも思った。

精神性を所作で表現しようと思ったら、所作に意味を持たせなければならなくなる。そして、意味を読み取ってもらう必要も出てくる。そうなると、やはり所作を見てもらわなければならないわけで、結局、それはショーと変わらない。違いは演芸かバレエかみたいなものでしかない。久しぶりにお茶席に出て思い出したのだけど、茶道の所作には徹底して実用しかないのだ。精神性は空間の構築の方に注がれている。

茶道の場合、何か色々決まり事が煩いようで、実際とても面倒な決まりが山ほどあるのだけど、その決まりのほとんどは、一つは実用、例えば、どういう風に炭を切って、どう並べたら最も効率良く熱が鉄瓶に伝わるかとか、水屋仕事の手順とか、仕切り方とか、そういうのだし、もう一つは空間構築の規則、例えば、このサイズの茶室なら、こういう一輪挿しを使えとか、掛け軸はこういうのにしろとか、そんな決まりが流派ごとに色々。つまり、その決まりはほとんど、ホスト側の決まりで、客側に要求することなんてほとんど無い。お茶を点てる姿から何かを読み取る必要もないし、所作の美しさに気がつく必要もない。

茶道は、もうひたすら「おもてなし」なのだ。で、おもてなして密談したり、折衝したり、企んだり、調停したり、和んだり、まあ、色々。そういう、あんまり外でやれない、またはやったら憚られるようなことをするための異空間を作って、その中で膝付き合わせてお茶を飲めば、肝胆相照らしたお話が出来るというのが、茶道の企み。にじり戸から入るのも異界への入り口の表現だし、扇子をおいてお辞儀した後、扇子を取り払うのは、結界の解除。茶室の中の様々な決まりも、結局はその通りにすれば誰でも異界は作れるというマニュアル。だから達人になれば、決まりから外れても異界が作れるし、より高度な異界を現出させることも可能。「〜好み」というのは、そういう達人のマニュアルなのだ。

だから、客はらくちん。お菓子食べて、お茶飲めば良いのだ。後は、その異界が心地よいかどうかとか、道具立てが楽しいかどうかとか、そういう世界。お道具拝見というのも、結局は、その異界がどういう種類の異界かのヒントをちょうだいと言ってるようなもの。多分、いっぱいあるコレクションから、選んだいくつかだけを持ち込むのはそういうわけだ。

台湾茶芸の中には、お茶を客に供する前に、陸羽に捧げるという方法もあるそうで、また、今回の台湾茶芸でも、まず床の間に献花、献茶するという手順があった。日本茶に慣れている俺としては、何故、客よりも先に献茶する相手がいるのかが理解できない。献茶が悪いわけではなく、もし必要なら客をいれる前に済ませておけばいいのに、と思ってしまうのだ。でも、それも「見せる」もの、つまりショーのプログラムの一環だと言われれば納得できる。

そんな事をダラダラと考えていたら、茶芸を見て常に感じていた違和感の正体が、分かったような気がした。それは、「俺のために淹れてくれてる気がしない」ということ。例えば水屋仕事ひとつにしても、抹茶は一服一服、誰かが点てていることに違いがない。それは、目の前で点てている人の作業と変わらない。でも中国茶の水屋仕事は、目の前で行われている茶芸とは違う。ならば、目の前の茶芸師だって、俺のために淹れてくれるわけではない。

茶菓子の出し方にしても、ビニールに入った月餅を出されても、その場では食べにくい。しかも、お茶は少ししか飲めないので、月餅一個は大きい。日本茶の場合、最初に生菓子を有無を言わさずに食べさせてしまう。懐紙にとった生菓子は、その場で食う以外にないのだ。で、食べたら、お茶が出る。しかも食べたお菓子を洗い流すのに十分な量(御薄の場合)。そういう部分で一々、客主体ではないことに気がついてしまうのだ。いっそ、お土産です、と帰り際に渡される方が気が利いてるとさえ思うのだ。

何故か、中国茶のお茶会が、淹れる人主導だったり、淹れる人が飲む人に何かを教えてるような配置になるのが不思議だったのだけど、それは、茶芸という「お茶を淹れる所作を見せる」ことを目的としたものが中心にあるからなのだろう。中心で見せる人は、だから油断すると簡単にスターとかアイドルとかになってしまう。もしかしたら、茶芸師が最も気をつけなければならないのは、この部分かもしれない。

茶芸自体は、悪いことではないと思う。ただ、今回の茶芸などを見ても思うのだけど、やはり大勢対1人での茶会というのは無理がある。特に中国茶や台湾茶の茶芸は、多人数を相手にすると、簡単に客不在の茶会になってしまいがちだし、やはり、淹れた人のお茶を飲むというスタイルにしないと、茶会というリアリティが薄れて、簡単にショーになってしまう。淹れる人との会話と、淹れる人の手で渡されるお茶、お替わりの要求などのコミュニケーション、といったものがあって初めて、お茶会はお茶会として成立する。

そう考えてると、茶芸がお手本とすべきは、茶道なんかじゃなくて、欧州のティーパーティーではないかと思うのだ。茶会ではなく、茶話会とか。お茶そのものを楽しみ、会話を楽しむ、肩が凝らないお茶会の中に、茶芸というショーを上手く配置できれば、茶芸の面白さがアピールできると思うのだ。中国茶の特性も、そっち向きというか、抹茶とは違い過ぎるし。まずは、お茶を淹れる所作を行いつつ世間話が出来るようになるとか、そのへんから。

まあ、要するに、お茶会は、それが何のお茶を飲むにせよ、せいぜい8人くらいが限界なのではないかと思う。で、喋ろうよ、と思う。

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