お茶はそうやってダラダラ飲みたいと思っているのだという話

富士山が好きっ、というか日本では茶畑と富士山はセットもの
今日発売されたムーンライダーズの1976年のライヴを収めたアルバム「Moonlight Recital 1976」を、のたのたと海風號のプーアルを飲みながら聴いていて、「Beep Beep Be オーライ」が、まだ出来かけみたいで、アレンジも歌詞も随分「イスタンブールマンボ」所収のものとは違って面白く、中でもブレイク後の「もう恋なんて要らない」という部分が、この76年バージョンでは「もう珈琲なんか要らない」になっていて、「うーむ、恋と珈琲はダジャレにしてもキツイ」とか思いつつ、もうオッサンの俺は、恋と珈琲なら、珈琲がいいなあと思う俺は、しかし、もう随分長いこと、美味いと心から思える珈琲を飲んでいないのに気がついて、だから今プーアル飲んでるのかとか、不意に気がつく。
大体、仕事しないでお茶を飲んでいる時の思考なんてのは、大体、そんな感じで、読点はあっても句点がなく、ダラダラと言葉が繋がっていくのが基調で、その上にヒラヒラと言葉にならないイメージみたいなものが飛んでて、下の方にゆっくり流れる思考以前があって、ギリギリまで言語化なんかしてやるもんかと、頭の中の言葉マニアに意地張って見せて、その最中にも「うめえ」とお茶の感想が入ってきて、それは邪魔のような、重要なような、ともあれ、頭の中のグルグルのアクセントにはなって、そこから言葉ではなく、何かしらん答えのようなものがピカピカするけど、そういうのには騙されないようにしたい。
上の写真は、海風號で撮ったもので、設楽さん曰く「昔、駅弁に付いてた土瓶」で「バカみたいで可愛いでしょ」と言うことで、お茶を飲むための道具として大事なのは、そういう「バカみたい」感だと俺は思っているのだなということが確認できて、嬉しくて写真を撮って、いつかブログに、この土瓶に見合う文章を書いてやるぜ、と思いながら、そういう文章は、文章として成立した時点で、そんな莫迦みたいな気分は台無しになるのも分かってたから、どうしようとか、やはり引き続き、安い鉄観音と名乗っているだけの、でもがぶ飲みするには十分に大好きなお茶に、さらに氷を入れてキンキンに冷やして飲むのは、冬とはいえ、二台のタワー型パソコンがフル回転している俺の仕事場は、暖房も入れないのに暖かかったりするからなのだが、「暖かかった」は、実は「あったかかった」と読んでもらいたいのだけど、ルビはふれないブログの悲しさ。
ついでに宣伝。「やかんの本」と同時期に、iPodの本「iPod Fan Book Deluxe」(毎日コミュニケーションズ、1344円)を出しまして、これが自分で言うのも何ですが、多分、今ある世界中のiPod本の中でもトップクラス(クラスと書くのがあたしの良心)なので、きっと買っても後悔しないはずだと、やはり著者は著者だけに、そんな事を思っていますから、出来れば、iPodユーザーとかiPod欲しいと思ってる人は買ってくれると嬉しいのですが、この本も、あんまり本屋で見かけなかったりするので、下のリンクから注文出来るようにしておきますから、ほんと、よろしくお願いしますと、書いて終わろうとして思い出しましたが、最初に書いた「Beep Beep Be オーライ」を作ったかしぶち哲郎氏の「さすらう青春」という歌の歌詞を、かしぶちさんの許可を得て本の中に使わせてもらってて、そのことがかしぶちさんのホームページにも紹介されているのが、ファンとしてはとても嬉しく、文章が円環状に閉じて終わるのがまた、偶然か計算か、もう自分でも分からず。
毎日コミュニケーションズ (2005.12)
通常2-3日以内に発送します。
| 固定リンク
トラックバック
この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/6568/7505168
この記事へのトラックバック一覧です: お茶はそうやってダラダラ飲みたいと思っているのだという話:


コメント